物を見る(視覚情報)はヒトが外部から取り入れる情報の大部分を占めます。視覚情報は光の情報で、眼(眼球)を通して脳に伝達されます。
眼球の構造
眼球は直径約24mmの球状構造物です。光情報は角膜(Cornea)から前房(Anterior Chamber)、光彩(Pupil)、水晶体(Lens)、硝子体を通り、網膜(Retina)で受容されます。
光は角膜と水晶体で最も大きく屈折します。眼球に入る光の量は瞳孔の大きさを変えることによって調節されます(カメラの絞りに相当)。映像の焦点は水晶体の厚さを変えることによって調節します(カメラのレンズ)。網膜はカメラのフィルムにあたり、光情報を感知します。
遠近調節と調節力
遠くの物や近くの物を見るときの焦点の調節は水晶体の厚さを変えることによって行われます。水晶体は弾性を持っており、無調節の時には毛様体小帯の緊張のために水晶体の厚さが薄くなっています(遠くを見ている状態)。近くを見るときには毛様体筋の収縮によって小帯繊維が弛緩し、水晶体は弾性のために厚みを増す(球形に近くなる)ことになります。この遠近調節は副交感神経(動眼神経)によってコントロールされます。近くを見るときには両眼が内転(輻輳(Convergence))し、瞳孔は縮瞳します。
眼の遠近調節の能力を調節力といい、最も近くで見える距離(近点距離)と最も遠くで見える距離(遠点距離)とすると、
調節力(ジオプトリー(D))=(1/近点距離)-(1/遠点距離)で表されます。正常の眼は10Dの調節力があります。年をとると調節力は低下します(老視)。
瞳孔 (Pupils)
瞳孔は眼に入る光の量を調節します。まぶしい場所では瞳孔は小さくなり(縮瞳)、暗い場所では大きく(散瞳)します。縮瞳は副交感神経支配の瞳孔括約筋により、散瞳は交感神経支配の瞳孔散大筋によって起こります。
対光反射
眼に光を急にあてると縮瞳が起こります。これを対光反射といいます。対光反射の中枢は中脳のEdinger-Westphal核です。
視力
2点を2点として識別できる眼の分解能を視力といいます。視力はランドルト環を使って測定することができます。視力の最も鋭い場所は中心窩近くで中心窩から離れると急激に視力は低下します。
眼底の構造
眼底は眼底鏡にて観察できます。網膜には視神経乳頭(Optic disc)から視神経と共に動静脈が眼球内に進入します。視神経乳頭部は視細胞がないため、盲点になりますが、両眼視にて盲点を補うようになっています。網膜には明暗を認識する杆体細胞と色を認識する錐体細胞がありますが、網膜周辺部は杆体細胞、黄斑(Macula lutea)特に中心窩(直径1.5mm)には錐体細胞がたくさんあり(約20万個/mm)、視力がもっとも鋭い場所です。
明暗順応
明るいところでは、網膜の光に対する感受性が低下し(明順応)、また暗いところでは感受性が高まります(暗順応)。一般に明順応は数分で完了しますが、暗順応は1時間以上かかります。
視野
眼を前方の1点に固定してままで、物が見える範囲を視野と言います。視野は視野計を使って測定できます。
マリオットの盲点 (Blind spot)
正常の両眼視ではカバーされている盲点を簡単に体験できます。左目をつぶって図の中の十字を右目で注視しながら顔を遠ざけたり近づけたりするとある距離で右の赤丸が消失します。これは、赤丸の映像が盲点上に像を結んだため、認識されないためです。
網膜の構造
光を感じる網膜は厚さ約120ミクロンで、8層構造をなしています。
図の下から、
- 色素上皮層(Pigment epithelium)
- 視細胞層(Outer、Inner segments)
- 外顆粒層(Outer nuclear layer)
- 外網状層(Outer Plexiform layer)
- 内顆粒層(Inner nuclear layer)
- 内網状層(Inner plexiform layer)
- 神経節細胞層(Ganglion cell layer)
- 視神経繊維層(Optic fiber layer)
です。
眼球に入った光刺激は図の上部から細胞層を通り抜け、最下部近くの視細胞層にて感受されます。光によって起こされた電気シグナルは上方向に細胞層を伝達し、神経節細胞から視神経へと伝えられます。他に水平細胞、アマクリン細胞による横方向への伝達もあります。
人間の目は約400から700ナノメートルの光を感じることができます。これは虹の赤から紫の間です。赤より長い波長は赤外線、紫より短いのは紫外線ですが動物によってはこれらの光を感じるものもあります。 光を感じる視細胞には明暗を認識する桿体細胞と色を認識する錐体細胞があります。網膜には約500-600万の錐体細胞、1.2-1.4億の桿体細胞があります。明暗に敏感な桿体細胞は1光子(Photon)でも興奮しますが、錐体細胞は100光子以上が必要です。
大量の視細胞に対して、神経節細胞は100万、視神経繊維の数は120万程度しかありません。これより網膜内で複数の視細胞が1つの視神経繊維に結合し、シグナルが統合されていることがわかります。
サーカディアンリズムの調節
人間の体は24時間の周期を持って活動や睡眠をとったり、ホルモンの分泌等を調節しています。この周期(サーカディアンリズム)は視床下部の視交叉上核(SCN)によってコントロールされていますが、昼夜のリズム(特に海外旅行をしたときなど)に同期することが必要です。神経節細胞のいくつかはメラノプシンという化学物質を持ち、網膜に入る外界の光を感じてSCNにシグナルを送り、サーカディアンリズムと昼夜のリズムを同期させています。この調節には桿体や錐体細胞の光受容器は関与していません。このように網膜は映像情報に関係のない光情報を受容することにも重要です(Science, Feb.2002)
視覚の伝導路
網膜からの視覚信号は視神経(Optic nerve)を通り、視交叉(Optic chiasm)に入ります。 その際、視野の右側にある物体は網膜の左側に映像として認識され、両眼からのこの映像の神経インパルスは左側の外側膝状体(Lateral geniculate)、視放線を経由して左側後頭葉の視覚野に入ります。逆に視野の左側にある物体の映像は網膜の右側に映像を結び、視交叉で右側の外側膝状体を経由して右側の視覚野に入ります。
たとえば、Aの視交叉の部分で繊維が切断されると右の視野図のAのように両眼の外側が見えなくなります。Bのように左側の視神経の部分で傷害が起きると、視野図のBのように左眼の視覚が傷害されます。Cのように左側の視放線が傷害されると両眼の右半分の視野が傷害されます。
視覚の分子機構
網膜の桿体細胞にはロドプシン(Rhodipsin)という物質が含まれています。ロドプシンはオプシン(Opsin)とビタミンA誘導体であるレチナール(Retinal)の複合体です。桿体細胞には500nmの光を最も吸収するロドプシンが分布しています。 暗所ではレチナールはシスレチナールの状態でオプシンと結合しており、桿体ではcGMP-gated Na+ channel(ナトリウムイオンチャンネル)が細胞内にナトリウムイオンを取り込み(dark current:暗電流)、Na+-K+ポンプがナトリウムを細胞外へ排出しています。この状態では抑制性のグルタミン酸がIPSPを起こし視神経へのシグナルは抑制されています。
光が当たると桿体のシスレチナールがトランスレチナールに変わりオプシンから離れ、オプシンは cGMP-gated Na+ channelを活性化するcGMPを5′-GMPに分解します。これにより cGMP-gated Na+ channelはストップし、Na+-K+ポンプによって細胞内ナトリウムがくみ出されます(過分極)。これによってグルタミン酸の放出は止まり、EPSPが発生し視神経はシグナルが伝達されます。暗くなるとトランスレチナールはシスレチナールになり、オプシンと結合します。1光子によって活性化されたロドプシンは大量のcGMPを分解するので(光信号の増幅)、桿体細胞は非常に光に敏感です。
色覚(Color Vision)
錐体細胞には3種類のヨドプシン(Iodopsin)があります。ヨドプシンはレチナールは共通ですが、結合しているオプシンはアミノ酸配列がちがい、青(420nmに吸収のピーク)、緑(531nm)、赤(558nm) の3種類があります。これら3種の錐体細胞によって色を感じることができます。人が見える色は赤、青、緑の3種類の色の混合です(3原色)。オプシンはG蛋白共役受容体の一種です。